ブハーリーのハディースより(صحيح البخاري، كتاب الأدب)
ウマル・ブン・アル=ハッターブによると、預言者のところに捕虜が連れてこられたが、捕虜の中の女の一人は乳房が乳で張れ、捕虜の中に子供を見つけるとその子を捉まえしっかりと抱きかかえ授乳した*1。すると、預言者が我々に対して
お前たちは彼女がその子を火の中に放り込むと思うか
と言われました。我々は、「いいえ、彼女がそうしないことが可能な限り(注:彼女が自発的にその子を火の中に放り込むことは決してないでしょう、という意味)」と言いました。すると預言者は
アッラーはその僕(しもべ)達に対し、彼女がその子に対するよりも、もっと慈悲深い
と言われました。*2
ここでは神の慈悲が親の子に対する慈悲との比喩で表現されています。預言者ムハンマドの発言は、少なくとも彼の同時代人にとっては極めて明瞭かつ容易に理解できるものでした。
神の慈悲などの難しい概念を易しい言葉で語る預言者に、ムスリムはその飾らない性格を見いだします。また、神の言葉であるクルアーン(コーラン)とは違い、人間の言葉であるハディースはより親しみやすいかもしれません。
(K.S.)
*1 ↑ 注釈書はこのときの状況を、以下のように説明しています。
自分の子を見失ってしまった彼女は、乳房が乳で張っていたためそれを和らげるために子供を見つけては乳を飲ませていたが、やがて自分の子供を見つけたため、その子をしっかりと抱きしめて授乳した。
*2 ↑
牧野信也訳では5巻309頁に該当。同様のハディースが『日訳サヒーフ ムスリム』3巻639-70頁にある。