「アラーの神」という表現は今では少なくなってきましたが、かつては至極一般的でした。この表現は、様々な神々の一つにイスラーム教徒にとっての「アラーの神」がいるとの認識に立っており、イスラームの世界観と齟齬があるおそれがあるとして次第に使われなくなってきました*1。
現在は、「アラーの神」の代わりに、「アッラー」あるいは「アッラーフ」という表現が使われるようになっています。例えば、『岩波イスラーム辞典』では「アッラー」が、『新イスラム事典』(平凡社)では「アッラーフ」が用いられています。
「アッラー」と「アッラーフ」の違いは転写法の違いによって生じています。
つまり、『岩波イスラーム辞典』が「母音を伴わない子音および語末の子音(ハムザ ء 、アイン ع を除く)のカタカナ転写」*2として、「3)h:①語中:原則としてフ(例 Mahdī マフディー)。例外:Fahd ibn `Abd al-`Azīz Āl Sa`ūdの場合はファハド。②語末:表記しない(例 Muḥammad `Abduh ムハンマド・アブドゥ。③しかし、-wayhは原則としてワイヒと表記(例:Sībawayh スィーバワイヒ)。ただし、Buwayhは慣用に基づく例外としてブワイフとし、ブワイヒとしない。」*3と定めているのに対し、『新イスラム事典』は語末の子音について特に転写法を定めていません。
このような転写法の違いによって、Muḥammad `Abduhの表記は、『岩波イスラーム辞典』ではムハンマド・アブドゥ、『新イスラム事典』(平凡社)ではムハンマド・アブドゥフとなっていますが、当然ながらこの2つの言葉は同一人物を指しています。
アルファベットではこのような問題が生じないため、アラビア語の الله は Allāh(もしくは単にAllah)と転写されます。なお、ā はアー、ī はイー、ū はウーと「のばす母音」(長母音)を表します。
الله というアラビア語がどのように転写されたかを示したのが以下の図です。
なお、アッラーとアッラーフの違いは転写法の違いによって生じるため優越付けがたいものの、本ウェブサイトではインターネット上での検索の利便性などを考慮し、基本的にはアッラーを使い、必要に応じてアッラーフを用いるというように適宜使い分けています。
*1 ↑
「アラーの神」という日本語表現の問題点については、例えば大塚 和夫「アッラー,神,アラーの神 -イスラームの日本的理解をめぐる一考察」『国立民族学博物館研究報告 』9巻2号、1984や東長 靖『イスラームのとらえ方』山川出版社、1996年、9-12頁参照。なお、後者による『「アラーの神」という表現は「神の神」という意味になり、変である。』(11頁)との説明は、アッラーフという言葉がアラビア語の単語などを起源とする派生名詞であるとの説(後述)に依拠している。
*2 ↑
『岩波イスラーム辞典』 x頁参照。
*3 ↑
『岩波イスラーム辞典』 xi頁参照。