イスラーム法の現代

 イスラームではなにをするべきか、なにをしないべきか、するとすれば如何に行うべきかといったことが決められており、それに従って1日5回の礼拝、ラマダーン月の斎戒(断食)、ザカート(定めの喜捨)、ハッジ(メッカ巡礼)等の宗教儀礼(イバーダート)と財産法、身分法、公法等の社会的行為(ムアーマラート)が行われます。

 これを決めるのがいわゆるイスラーム法で、シャリーアという言葉と、フィクフという言葉があることはご説明したとおりです。

 このように書くと、「イスラーム法が生活の全般にわたった規定を有しているのだとしたら、現代のムスリム(イスラーム教徒)が人口の大半を占める国々の法律も、イスラーム法に則っているに違いない」と思われた方もいらっしゃると思います。

 しかしながら、実際には、そうではありません。現代のムスリム諸国では(1)宗教儀礼と(2)身分法の中の家族法のみが適用されている場合も多いといえます。

 『イスラーム家族法』という大著の中で、柳橋博之は

 19世紀後半以降、欧米列強の圧力の下に、イスラーム世界の多くの国や地域において法制改革が実施された。立法面では、財産法・行政法・刑法・訴訟法等に関して、多くの場合には形式と内容の両面において西欧近代法に範をとった法典編纂が行われた。組織の上でも、もっぱらこれらの新しい法律を適用する近代的な裁判所が創設された。もっともこれらの法制改革によってただちにイスラーム法が効力を失ったということはできない。(中略)

 それでも、ほとんどの国や地域において、儀礼行為を別とすれば、近代における法制改革の影響をほとんど被ることのなかった領域としては、唯一家族法を挙げることができるのみである。*1

と述べています。

 現代のムスリム諸国の現状からイスラームとは何かを理解することが難しい理由の一端が、ここにあります。

(K.S.)


*1 柳橋博之 『イスラーム家族法 婚姻・親子・親族』 創文社、2001年、5-6頁