近年、イスラーム(イスラム教)の概説書は質量共に大変充実してきています。これらを読んで、さらにイスラームについて知りたいと真面目に思う方は、宗教を理解するには宗教思想の理解こそが重要であるとして、「イスラーム思想」の入門書や専門書を読み進めようとされるかもしれません。「イスラーム思想」は一般的には、イスラーム哲学、イスラーム神学、スーフィズムを指します*1。
もしこの方が、たとえばイスラームの思弁的側面について深く知りたい、あるいはイスラーム神学における定命(天命、運命)と意志との関係についての議論に興味があるというのであれば、この選択は正しいといえます。他方、六信五行の詳細について知りたい、イスラームの信仰箇条について詳細に知りたいといった場合、肩透かしを食ったような感じになるかもしれません。
たとえば、イスラーム思想に関する書籍では、概説的記述を除き、天使について扱うことはまれで、イスラーム思想の専門家によるある程度まとまった天使に関する論考といえば、ほとんど竹下政孝「イスラムにおける天使・悪魔・妖鬼」『中東協力センターニュース』1999年8/9月号*2があるだけです。これは、イスラームの信仰箇条において天使が六信の一つであることに鑑みると、「イスラーム思想」の関心のあり方を明瞭に描き出しているといえます*3。
そこで、この記事では「イスラーム思想」の内容についてごく簡単な見取り図を描こうと思います。
そのためには、まず、イスラームの内部で発達してきたイスラーム教学(シャリーア学)と、西洋によるイスラーム研究の成果としての「イスラーム思想」との関係を明らかにする必要があります。
その前段としてまずは西欧文明とイスラーム文明との関係から考えたいと思います。
*1 ↑ 近現代イスラーム思想という場合には、近代西洋文明との邂逅と相克を巡って展開される種々の改革思想を指す場合が多い。
*2 ↑ http://www.jccme.or.jp/japanese/11/pdf/11-05/11-05-10.pdf
*3 ↑ ただし、そもそもイスラーム思弁神学(イルム・アル=カラーム)でも、天使に関してはクルアーンやハディースの引用が中心であり、いわば二義的な主題である。また、このようなテーマが論文として扱いにくい性質を持っていることには留意する必要がある。