イスラーム美術とは、ムスリム(イスラーム教徒)の美術、イスラーム文化圏の美術を意味します。西洋美術、東洋美術などという用語に似て大雑把な用いられ方をします*1。
あるいは、「イスラームを主要な宗教とする地域で生み出された美術作品、ムスリムが作り出した美術品、あるいはムスリムのために作られた美術作品を包括的に指し示す名称」*2とも定義されます。「イスラームを主要な宗教とする地域」とは、たとえばイスラーム系王朝の支配圏や、住民のイスラーム化率が高い地域などを指すと思われますが、時代の変遷によってその範囲は変化します。たとえば、後ウマイヤ朝からレコンキスタ完了(ナスル朝滅亡)までのスペインはイスラームを主要な宗教とする地域でした。
この場合、(1)ムスリム(イスラム教徒)が注文したか、(2)ムスリムが制作(製作)したか、(3)ムスリムが受け入れた美術品であれば、イスラーム美術と呼ばれます*3。したがって、中国の景徳鎮でムスリム向けにデザインされ輸出された染付磁器などもイスラーム美術に含まれます*4。
イスラーム美術の特徴としては、(1)植物文様(蔓草つるくさ文様、アラベスク文様)、(2)幾何学紋様、(3)文字文様(アラビア文字文様)などがあげられます*5。とはいえ、イスラーム圏で作られた中国磁器の純然たる模倣品など、これらの特徴を全く含まない作品もあります。
仏教美術やキリスト教美術が宗教美術であるのに対し、イスラーム美術はモスク建築などの宗教的な美術のみならず、世俗的な宮殿建築(たとえばアルハンブラ宮殿、トプカプ宮殿)、浴場建築、アラビア書道、科学書や物語書の写本、陶器、ガラス器、玉器、金属器、木工品、織物(錦)、絨毯なども含みます。なお、イスラーム圏では磁器に必要な特殊な粘土(磁土:カオリン)が産出されなかったため、胎土を工夫して薄く白い陶器を作る研究が行われました*6。ヨーロッパ初の磁器がマイセン窯で製造されたのは1709年とのことですが、やはり磁土の発見に多大な困難があったようです*7。
また、仏教美術の仏像やキリスト教美術のキリスト像などが実際の宗教儀礼や崇拝行為において崇拝対象あるいはその象徴であるのに対し、モスク建築における装飾などは単なる装飾にとどまり、崇拝対象などではないことは気をつける必要があるでしょう。
(K.S.)
*1 ↑: ラマンヤール・水野 美奈子「美術」三浦徹ら編『イスラーム研究ハンドブック』栄光教育文化研究所、1995、p302。
*2 ↑: 桝屋 友子「美術史」小杉泰ら編『イスラーム世界研究マニュアル』名古屋大学出版会、2008、p.207。
*3 ↑: 桝屋友子『すぐわかるイスラームの美術』東京美術、2009年、p.8。
*4 ↑: 中国磁器と中東の関係に関しては、三杉隆敏『「元の染付」海を渡る 世界に拡がる焼物文化』農文協、2004,pp.97-122参照。
*5 ↑ 桝屋友子『すぐわかるイスラームの美術』東京美術、2009年、p.9。
*6 ↑: 桝屋友子『すぐわかるイスラームの美術』東京美術、2009年、p.118。
*7 ↑ 三杉隆敏『「元の染付」海を渡る 世界に拡がる焼物文化』農文協、2004,pp.130-34。