『現代のイスラム金融』はイスラーム金融のいくつかの特徴を簡単にまとめた上で、それらを歴史的に位置づけています。
「利子」の禁止、現物取引の前提、PLS(Profit/Loss Sharing、損益分担方式、以下PLS)、アルコールなどの忌避ビジネスに特徴付けられるイスラム金融(Islamic Banking and Finance、以下イスラム金融)は、イスラム教に独特の金融というよりも、金融の歴史的な文脈で捉える方が理解しやすい。イスラム金融の「利子」禁止の考え方は、古代の静態的な経済、コミュニティ意識が強い環境下では一般的なものであり、また、イスラム金融の利子禁止は、ユダヤ教・キリスト教に共通する旧約聖書とも無縁ではない。特に、キリスト教においては、中世の時代にスコラ哲学の影響を受けてイスラム教以上に厳しい利子禁止論が展開されたこともあった。さらに、現物取引を伴わない先物取引や金利スワップ等のデリバティブは、江戸時代の米市場のように多少の例外はあるにしても、国際的に定着したのは1980年代以降のことであり、イスラム金融が想定する世界とはほとんど無縁であった。
イスラム金融に特徴的なPLSの考え方は、古代からパートナーシップ(組合)には固有のものである。中世においては、むしろ、イスラム金融の「ムダラバ」に影響されて、ベニスやアマルフィ等のイタリアの都市国家で海上貿易会社が設立され、それが近代の株式会社形態につながっていったという歴史的な系譜もある。(中略)さらにまた、反道徳的なビジネス等に関与することを禁止する考え方は、範囲の相違はあるにせよ、各国で何らかの形で実施され今日に至っている金融慣行でもある*1。
ここではイスラーム金融の理念が、(1)「利子」の禁止、(2)現物取引の前提、(3)PLS(Profit/Loss Sharing、損益分担方式)、(4)一部のビジネスの忌避と纏められています。このうち、先物取引についてはイスラームでも認められているものの種々の条件が課されます。
おもしろいことに、以上の理念は人類の長い歴史においては一般的なものであったと言うことです。つまり我々が現在目にしているような高度かつ複雑に発展した金融(例えばデリバティブ)のあり方というものが人類の歴史の中では極最近になって登場したものであり、今ではごく当たり前の利子を取るという行為自体も中世キリスト教世界においては教義上、激しく忌避されていたことが分かります。
なお、上の引用文では、ムダーラバの影響 → イタリアの都市国家で海上貿易会社設立 → 近代の株式会社形態という一連の流れが指摘されていますが、興味深いことにイスラーム法では法人概念が発達することはありませんでした。このように、資本主義社会と、それ以前の社会とは質的な差が大きいと言えます*2。
以下では、現代のイスラーム金融に関係の深い項目として、(1)「利子」、(2)PLSの代表例としてムダーラバ、(3)代表的金融スキームとしてムラーバハ(掛け値売り)について見てゆきたいと思います。
*1 ↑ 北村歳治・吉田悦章『現代のイスラム金融』日経BP社、2008年、13-14頁
*2 ↑ 資本主義とそれ以前の資本との違いを初心者にわかりやすく記したものとして、例えば小室直樹『小室直樹の資本主義原論』東洋経済新報社、1997年がある。