ムダーラバ(مُضارَبة)は「匿名組合」*1とも訳され、『現代のイスラム金融』では「ムダラバ及びムシャラカは(中略)現代のイスラム金融においても理論的に主要な柱となっている」と記されています*2。ムダーラバは、日本の金融専門家による著書においては「ムダラバ」と表記されることが一般的なようです。
1994年に邦訳出版されたムハンマド・バーキルッ=サドル『無利子銀行論』*3はイスラーム銀行に関する最初で今までのところ唯一の纏まった翻訳ですが、そこで中心になっている議論はムダーラバです。例えば、
預金者が銀行に固定性預金を預けるという行為、つまり銀行に固定制預金というカルドを供与する行為と、銀行が資金需要者たる事業者にその固定制預金を融資する行為とは、双方ともイスラーム法の用語で<ムダーラバ>と呼ばれる単一の法的関係に含まれる(同書35頁)。
と記述され、ムハンマド・バーキルッ=サドルの考えるイスラーム銀行の中心がムダーラバにあることがはっきりと記されています*4。
PLS(損益分担方式)の原則はイスラームの教えのなかでは重要な部分であり、ムスリム(イスラーム教徒)がイスラーム金融を紹介する際にムダーラバを良く引き合いに出すことからも、その重要性が分かります*5。同著はムダーラバを「今日の日本の金融からみれば、信託業務がこれに該当する」と説明しています。
アラビア語の辞書ではムダーラバを「ある人が、その財物の中から、他人が商売をする分を与え、利益を本人と他人との間で分ける(折半する)か、他人に利益の中から一定の割合がある」*6ものと説明しています。
例えば、財物を有するAさんが出資者となり、Bさんに商品を預けます。Bさんはその商品をもとに商売を行います。その利益は、折半となるか、前もって一定の割合を決めて分け合う、ということになります。
ムダーラバの構成要件は、①2名の契約者(つまり出資者と事業主)、②(出資者の)資本、③(事業主の)労働、④(事業による)利益、⑤(利益分配などの)取り決めの5つというのが通説です*7。
これら①~⑤の構成要件には、それらが成立するための条件が挙げられており、これらの条件は各法学派毎に異なります。
例えば、①2名の契約者については、様々な条件があるのですが、このうち日本などに関係する条件としては、ムスリム(イスラーム教徒)と非ムスリムのムダーラバが許されるか否か、という議論があります。ハナフィー派とハンバリー派では全体として非ムスリムとのムダーラバを認めているのに対し、シャーフィイー派とマーリキー派では忌避行為と位置づけています*8。
日本で出版されているイスラーム金融の書籍には、ハンバリー派が厳格であるとの記述もあるのですが、このように各規定を見てゆくと必ずしもそうとは限らないとの印象を得ます。また、各規定の内容をどう評価するかという問題と、それが実際に各国民国家の領域内でどのように適用されているか(あるいはいないのか)という問題は別であると思われます。
なお、現在行われているイスラーム金融における運用スキームとしてのムダーラバについては、http://www.mof.go.jp/jouhou/kokkin/tyousa/1903islam_01.pdf(PDF) の5頁、http://www.joi.or.jp/Houkokusho/IslamicFinance.pdf(PDF) の5~6頁がインターネット上にある情報としては最も纏まっているように思われます。
*1 ↑ 中田 考『イスラーム私法・公法概説 財産法編』 日本サウディアラビア協会、2007年、9頁
*2 ↑ 北村歳治・吉田悦章『現代のイスラム金融』日経BP社、2008年、34頁
*3 ↑ ムハンマド・バーキルッ=サドル、黒田 寿郎・岩井 聡訳『無利子銀行論』未知谷、1994年
*4 ↑ 但し、サドルの考えるイスラーム銀行は預金の保証を行うので(同書43~44頁参照)、PLSの原則は事業者と銀行との間に成立することとなる。今村仁司は同書所載の「解説 イスラーム経済の現実的意義」において、サドルの構想したイスラーム銀行の本質を次のように述べている。「要するに、無利子銀行とは、銀行的形式を取った生産的事業体なのである。(中略)無利子銀行は、生産的労働をするという命題をおとせばたんなる有利子銀行でしかない」(278-79頁)。
*5 ↑ 但し、イスラーム金融の実体の多くを占めるのは、ムラーバハである。「ムラバハを用いた資金運用は、イスラム金融での資金運用全体のおよそ7割を占めるとされる最も一般的な取引である」『イスラム金融 仕組みと動向』、32頁。
*6 ↑
*7 ↑
*8 ↑
فذهب الحنفية و الحنابلة إلى جواز مضاربة غير المسلم في الجملة.
و أما الشافعية و المالكية في المذهب فذهبوا إلى أن مضاربة غير المسلم أو مشاركته مكروهة، و عند المالكية قول بحرمة مضاربة المسلم للذمي. الموسوعة الفقهية الكويتية، ج 38، ص 42-43.